


青居 佳代(あおかよ)さん
4期から天プロに入る。
自分は社会不適合だから、もっとちゃんとしなきゃ、稼がなきゃという圧で自分を追い込んでいた。
やまけんさんからの「楽しく表現していればいい」という言葉を胸に、5年前に思い描いた理想の自分を、いま生きている。
天プロに入る前の悩みと変化


1.
離婚と起業「社会不適合な自分」
を責めていた
天プロに出会う少し前、私は離婚したばかりで、起業して2年目でした。
アクセサリー作家として、ジュエリーと料理の仕事を掛け持ちしながら、「感覚とセンスで生きる自分」をうっすらと自覚していました。
でも、社会の中でどう生きたらいいのかが分からなかった。
「こんな曖昧な感覚で仕事が成り立つはずがない」
「ちゃんとしなきゃ」「マーケを学ばなきゃ」「売上を立てなきゃ」
そう自分を追い詰めていた時期でした。
他の起業塾にも行ったけれど、どれも「型」に押し込められる感じがして、「私個人を見てくれる人はいない」と、何度もがっかりしていました。

1.
「感覚で生きていい」
と体でわかっていった

天プロに入ってから、料理教室を本格的に始めました。
自宅に人を招き、直接お客さまの声や表情に触れるようになって、初めて「このままでいい」という実感が積み重なっていきました。
以前の私は「自分は社会不適合者なんだ」と思っていたけれど、センスや感性で生きることは、欠陥ではないのだと分かった。
「このままでいい」と思える瞬間が増えるたびに、抱えていたコンプレックスが少しずつほどけていきました。
やまけんさんからの印象的な一言

2.
「ちゃんと稼がなきゃ」から
「楽しく表現していれば
いい」へ

天プロの初期から、やまけんさんには言われていました。
「かよちゃんは、楽しく喜びを表現していればいいんだよ」
でも当時の私は、半分も受け取れなかった。
「そんなこと言っても、稼がなきゃ」と思っていました。
ちゃんとしなきゃという圧と、純粋に自分を表現したい私との間でいつも揺れていた。
けれど時間をかけて、自分の中でやまけんさんの言葉の意味が腑に落ちていきました。
「楽しむこと」が仕事になる。
「遊ぶように表現すること」が、誰かの喜びになる。そんな感覚で生きても、ちゃんと社会とつながっていけるんだって。
3.
5年前の自分が思い描いた
未来を今、生きていた

最近、久しぶりに5年前に通っていた大好きな料理の先生の教室に行きました。
先生の姿は少し年を重ねていたけれど、食材に向き合う姿が本当に美しくて。
その瞬間、思い出したんです。
「私、5年前に“こういう教室をしたい”って思ってたんだ」って。
そして気づきました。
あのときの私が描いた未来に、いま私は立っている。
「私は、こうやって年を重ねていくんだな」という自分の未来像が、静かに腑に落ちた瞬間でした。
4.
「この自分で、
自立して生きていく」覚悟

いまの私は、もう自分を社会不適合だとは思っていません。
自分のままで、自分の世界を表現していい。
「この自分で生きていく」と覚悟を持てるようになりました。
これからは、料理の教室を整えながら、アクセサリーやアートの方向にも自然に広げていくつもりです。
力を抜いて、楽しみながら、自分の感性で。
そんな生き方を続けていきたいです。
5.
私にとっての
天プロとは

「そのままでいい」と言ってくれる人が、ちゃんといる場所。
いつでも相談できる人が何人もいて、本質を分かってズバッと言ってくれる。
見守られているという安心感があるからこそ、「好き」や「喜び」をそのまま表現できるようになりました。



