


進藤 雄介(しん)さん
「自分じゃなくてもいい仕事」を手放した先で、
「自分がやりたかったこと」が見えてきた。
4期から天プロに入る。人の成功を支える仕事をずっとやってきた。
でも、本当にやりたかったのは、自分の内側から生まれるものを事業にすることでした。
天プロで自己理解が深まり、恐れと向き合い、手放す決断ができたことで、ようやく「自分の人生を生きている」という感覚を持てるようになりました。
天プロに入る前の悩みと変化


1.
自分じゃなくても成り立つ仕事に違和感。僕は何かを積み上げられているのか?

天プロに入る前は、大きく2つの仕事をしていました。
ひとつは、講師業や先生業の方の集客から販売までを支えるプロデュース業。
もうひとつは、Amazon物販です。
収入としては大きかったのですが、どちらにも共通していたのは、
「自分じゃなくても成り立つ仕事をしている感じ」でした。
成果報酬型の仕事では、売上が出ている時は自分に価値があるように思える。
でも、成果が出ないと、自分の存在価値まで揺らぐ。
そんなふうに、売上にメンタルが大きく左右されていました。
しかも、自分の商品が増えていくわけでもなく、自分のファンが育つわけでもない。
収入はあるけれど、何も積み上がっていかない感覚がありました。
本当は、自分にしかできないことをやりたい。
自己表現としてビジネスをしたい。
そう思っていたのに、実際はそこから離れた働き方をしていた。
そこに、ずっと違和感があったんです。

1.
手放すのは正直とても怖かった
けれど、本当にやりたいことに進んだ結果、ストレスが大きく減った

天プロに入って最初に起きた大きな変化は、「手放す」という決断でした。
メインで関わっていたクライアントの仕事をやめ、さらにAmazon物販も手放しました。
収入源の8割を占めていた仕事を一気にやめた形です。
正直、とても怖かったです。
でも、自分の中ではずっと「もう手放したい」と思っていたんだと思います。
やまけんさんの「手放した人から変わっていく」という言葉を聞いて、今がそのタイミングなんだと感じました。
実際に手放してみて一番大きかったのは、ストレスが大きく減ったことでした。
大きな収入になっている仕事ほど、手放すのは怖い。
でも、そもそも手放さない限り消えないストレスもあるのだと実感しました。
その後は、自分のサービスをあらためて見直し、
「最小限の形で、最小限のコストで届ける」という形をつくっていきました。
すると、2ヶ月ほどで最低限必要な収入を確保できる仕組みができました。

1.
自分じゃなくても成り立つ仕事に違和感。僕は何かを積み上げられているのか?

天プロに入る前は、大きく2つの仕事をしていました。
ひとつは、講師業や先生業の方の集客から販売までを支えるプロデュース業。
もうひとつは、Amazon物販です。
収入としては大きかったのですが、どちらにも共通していたのは、
「自分じゃなくても成り立つ仕事をしている感じ」でした。
成果報酬型の仕事では、売上が出ている時は自分に価値があるように思える。
でも、成果が出ないと、自分の存在価値まで揺らぐ。
そんなふうに、売上にメンタルが大きく左右されていました。
しかも、自分の商品が増えていくわけでもなく、自分のファンが育つわけでもない。
収入はあるけれど、何も積み上がっていかない感覚がありました。
本当は、自分にしかできないことをやりたい。
自己表現としてビジネスをしたい。
そう思っていたのに、実際はそこから離れた働き方をしていた。
そこに、ずっと違和感があったんです。

1.
手放すのは正直とても怖かった
けれど、本当にやりたいことに進んだ結果、ストレスが大きく減った

天プロに入って最初に起きた大きな変化は、「手放す」という決断でした。
メインで関わっていたクライアントの仕事をやめ、さらにAmazon物販も手放しました。
収入源の8割を占めていた仕事を一気にやめた形です。
正直、とても怖かったです。
でも、自分の中ではずっと「もう手放したい」と思っていたんだと思います。
やまけんさんの「手放した人から変わっていく」という言葉を聞いて、今がそのタイミングなんだと感じました。
実際に手放してみて一番大きかったのは、ストレスが大きく減ったことでした。
大きな収入になっている仕事ほど、手放すのは怖い。
でも、そもそも手放さない限り消えないストレスもあるのだと実感しました。
その後は、自分のサービスをあらためて見直し、
「最小限の形で、最小限のコストで届ける」という形をつくっていきました。
すると、2ヶ月ほどで最低限必要な収入を確保できる仕組みができました。
印象的な気づき

2.
「自分が本当に力を発揮できることは何か?」腹落ちした結果、月商1800万円規模の事業に成長

天プロで自分に向き合っていく中で、
「本当は誰に、何を届けたいのか」
「自分は何が好きで、何が嫌いで、何をしたいのか」
を深く言語化していきました。
そこでようやく自分の中で腹落ちしたものがありました。
自分がやりたかったのは、誰かのものを支えることだけではなく、
自分で何かを生み出すことだった。
人を支えることにも価値はある。
でも、自分が本当に力を発揮できるのは、「自分がつくっている」という感覚を持てる仕事なのだと気づきました。
その気づきから、セルフイメージを「プロデューサー」から「新規事業家」へ変えていきました。
そして実際に動いてみた結果、事業は大きく成長し、この1年で月商1800万円規模まで伸びるようになりました。
でも、それ以上に得たものは「今、自分が本当にやりたいことをやれている」
という心から充実した感覚です。
天プロで得たもの

3.
人生のことを本気で語れる仲間ができた!

ビジネスのことは話せても、「人生のこと」って、あまり人に話せなかったんですよね。話しちゃいけないような気がしてた。
でも天プロでは
「自分はどう生きたいのか」
「本当は何を望んでいるのか」
そういう人生レベルの話を、本気で語れる仲間が増えたことも、とても大きかったです。
ビジネス仲間がいても、ここまで深い話は意外としづらい。
だからこそ天プロは、単なる講座や学びの場ではなく、「人生に関わる場所」なんだと思っています。
やまけんさんからの印象的な一言、影響

4.
目先の都合よりも、相手の意思を尊重するその姿勢に心を動かされた

やまけんさんにもらった言葉で一番印象に残っているのは、
「手放した人から変わっていく」というメッセージです。
この言葉があったからこそ、収入の大部分を占めていた仕事を手放す決断ができたと言います。
また、僕は天プロのプロデューサーをしていたのですが、自分の事業に集中するための方向転換をするか悩んでいた時。
やまけんさんは「プロデューサー、少し休んでみたら?」と言ってくれました。
これってすごいことだと思うんです。
僕が天プロのプロデューサーを抜けるということは、やまけんさん自身にとっては引継ぎも含めて、大変になる選択だったはず。
それでも僕の意思を優先して背中を押してくれたことも、とても感謝しています。
目先の都合ではなく、「その人が本当はどうしたいのか」を大切にする姿勢。
そのやまけんさんの関わり方そのものが、僕にとって強く心を動かすものでした。
しんさんにとって天プロとは?

5.
天プロは「自分の人生を、自分で生きるための場所」

自分にとって天プロは、自己理解を深めて、恐れと向き合い、
本当にやりたい方向へ舵を切るための場所でした。
何が好きなのか。
何が嫌なのか。
何をしたいのか。
そこを曖昧なままにせず、自分の言葉で見つけていくことでブレーキが外れ、アクセルを踏めるようになった。
そして同時に、人生のことを本気で話せる仲間と出会える場所でもありました。
天プロはビジネスを学ぶ場所でありながら、それ以上に、
「自分の人生を、自分で生きるための場所」だったのだと思います。



