昼ごはんに行ったら、新メニューができたと勧められた。
『石焼きステーキ丼(ガーリックバター味)』

いつもであれば、自分的その店No.1推しメニューである『牛すじ丼(生卵付き)』を頼むところなんやけど
「これ新作です。  私も食べたんですけど美味しかったのでよかったら!」
つって店員さんが笑顔で勧めてきたから、ほな頼んでみますかと注文した。

熱々の石焼ビビンバの器
その中に、白ごはんとレアでも食べれるとの半生の牛ステーキ on バター

ほうほう、たしかに美味そうな一品じゃあないの。

嘘が嘘をよんだ瞬間

期待を胸に一口食べた
… 味、濃ゆ〜

ステーキ自体は悪くない。 なんなら美味しい。
ただ塩味がけっこう強くて、早々にしんどくなってきた。
期待値が上がってしまってた分、すこし「うーん…」となる。

まぁ、しゃあない。 全然マズいとかじゃない。
自分好みの味付けではなかったという話だわ。

次回からはまた牛すじ丼かなー?とかぼけっと考えながら会計に進むと、店員さんが満面の笑みで「どうでしたか?」と聞いてきた。

「お肉美味しかったです! 個人的には味はちょっと濃いめでした」

ぐらいのテンションで、嫌味なく素直に気持ちを言えればよかったんやけど、そのとき口から出たとっさの言葉は

「あー……  はい。 ん  美味しかったです」

歯切れが悪い

「味は大丈夫でした?  薄すぎたりとかしませんでした?」と気を使ってさらに声をかけてくれる店員さん

「……あ はい、大丈夫でしたよ」
奥歯にものがはさまったような口調で嘘を重ねてしまった。

いちど美味しかったと伝えてしまった手前、あとにひけなくなってしまっていた。そういや目もあわせられへんかったな、俺。

嘘が嘘をよぶというのはこういうことなんか。

本音の取り扱いかた

なんでこうなった?
自分を責めてる人なんか誰もいないのに、ひとり勝手に追い詰められてた。

相手にも自分にも嘘をついてしまったこと。
本音をこころの隅に追いやって吐き出せなかった気持ちのわだかまり。
わだかまりから生まれたモヤモヤで胸がすこし重くなる。

実は今回に限らず、こういうパターンにわりと自分は遭遇しがち。

たぶん「相手に嫌な思いをさせたくない」って気持ちとか、
「相手の期待に応えなければ」みたいな心理が働いてるっぽい。

大人なんやから空気ぐらい読めた方がいい!

……って思ったけど、それは違うな。
空気を読むことと、本音を押し殺すことは、似てるようで全然別の話か。

「嫌な思いはさせるべきではない」っていう自分に都合のいい言い訳をしてただけやな。自己保身に走ってる気がする。いや、そう。

要は自分が「嫌われたくない」「がっかりされたくない」って話やろう。
それを「相手を思ってのことでした」みたいにすり替えようとしてた。

相手が期待しているであろうことを勝手に妄想で作り上げて、その期待に答えるための言葉とか、相手から嫌われない返答みたいなもんをシミュレーションしてしまってる。それはもう、イッツオートマチックなんよ。

無意識に本音をこころの隅に追いやって、「相手からどう思われるか?」を優先しようとする思考がクセづいてしまってる。

自分を大事にしてあげれてないがいね!

店員さんも「新作出したし、お客さんの素直な感想知りたい」って思って聞いたはず。であればむしろ、素直な感想をフィードバックがあったほうが、お店としても改良できるチャンスやった。
でも結局、相手のことを考えてる風の自己保身的な思考をめぐらせ、本音をどこかへおいやってしまった。

“その場しのぎ”のつもりはなかったのに、結果として“その場を穏便に済ませる”言葉しか出てこんかった。下手すぎて穏便に済ませることすらできてなかったわけやけど。

とはいえ
「やー、味濃すぎっすね! つぎは頼まないっす」
って、思ったことをそのままぶつければいいのか?

否、そうじゃないのよ。
相手に伝えるってことは、ただ吐き出すこととは違う。
それはおこちゃま、もとい赤ちゃん、もといベイビーなんよ。

言いたいことを封じ込めないで言おうとする気持ちは大事やけど、言いたいことを言うだけだと違うというかなんちゅーか。どう言えばいいんやろ?

言いたいことをわたす。なんとなくそんな感じがする。
「言う」は自分本位やけど、「わたす」は相手ありきみたいなイメージ。

要するに「相手のことを考えて伝える」ことが大事なのでは?と思った。

本音を伝えるのに、上手さは必要ない

本音をどう伝えるかって、結構むずい。

ネガティブなことを言おうとすると、自分で想定してるより強いトーンになってしまうことがあったり、そうじゃなくても相手がそう受け取ってしまうこともある。

かといって、それを恐れて本音を飲み込むクセができちゃうと、そのうち 「あれ? 自分のホンマの気持ちって何?」って感じで、ますます言えなくなるどころか、湧いた気持ちが嘘かホントかわからんくなったりする始末。

じゃあ、どうする?

たぶんやけど
「自分の本音を認識すること」と「相手を思いやる姿勢」
これさえあればいいんじゃなかろうか?

上手に伝えられないと、誤解をまねく内容として伝わっちゃって変な感じになるかもしれんて思うから本音を伝えるのは怖い。

人は、上手く伝えようとするあまり色々と思考をめぐらせて疲れてしまったり、上手く伝えられる自信がないから本音を押し殺してしまったり、はたまた、上手いこと言ってやるぞっていう自意識ばかりが優先されて本音からブレてしまったりすることがあると思うけど

たぶん、本音を伝えることに“上手さ”は必要ない。

伝え方がちょっと下手でも、多少キツめのフィードバックになったとしても、相手を思いやる“姿勢”さえあれば、意外と気持ちは伝わるし、そんな悪いようにはならへんのちゃうんかなと思った。

根拠はないし、責任もとらんけど。

言い方一つで“印象”は変わるけど、じゃあ“上手に伝えること”が大事なのかと言われると、そうじゃない気がする。
たぶん、伝え方のテクニックとか表現よりも、“どういう気持ちで伝えるか”のほうが大事なんちゃうかなと。

言い方って非言語を含めた“態度”から醸しでるものやと思ってて、態度はどういう向き合い方をするのかっていう”姿勢”から生まれる気がする。

“伝える”という行為の根本には、相手への配慮が必要なのかもしれん。
これすなわち、「愛」というもんじゃなかろうか?

愛って相手を思いやる姿勢の話なのかもね

今回とっさに言ってしまった「美味しかったです」は、相手を思いやったというより、「自分を守るために出た言葉」としての側面しかなくて愛はなかった。CM女将に「愛はあるんか?」と吠えられる日も近い。

本音を伝えるのって難しいなー。
でも、自分の気持ちを殺してしまうぐらいなら、不器用でも少しずつでも「愛をもって本音を伝える」練習をしていきたいなと。

そんなことを思った、お昼どきの出来事でした。


ぼん

とっちらかしながら生きていくのだ

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