今回の個展で、予想を大きく外れていたことがひとつ、ありました。
それは、個展会場で販売していた小冊子「残響-喪失の雨 再生の詩-」への反響です。

物語が生まれるまで

個展「再生」は、7枚の絵からはじまる喪失と再生の物語でした。喪失に触れ、記憶をたどり、そして、失われた自分を取り戻していく── その一連の流れは、わたし自身が歩いてきた道のりそのものでもあります。

7枚の絵にはそれぞれ、濃密な記憶の痕跡が宿っています。

当初は、自分に起きた出来事を何かの形で表現するなんて想像すらできませんでした。 記憶も感情も、あまりに混沌としていたし、触れることに怖さすら感じていました。 そもそも、誰かに話せるようなことでもなかったのです。

それでも、筆を動かすことでわたしは、混沌の溜まりの中から、一枚ずつ薄紙をはがすように、 記憶と感情を取り出していくことができたのだと思います。結果として、それらは一つの流れとなり、 気づけば「喪失から再生」へと向かう物語が紡がれていました。

そうして生まれたのが、小冊子 『残響 ― 喪失の雨 再生の詩 ―』 です。

はじめは、絵だけを展示するつもりでした。 だけど、7枚の絵が物語のようにつながっていることに気づいた時、 それぞれの絵に込められた出来事や想いが言葉となってあふれ、 書き起こさずにはいられませんでした。 描いた絵が、わたしの中から言葉を呼び起こしてくれたのかもしれません。 そうして綴られた言葉は、小さいながらも実体を持つ一冊となりました。

この本は、広く伝えるために作ったわけではありません。むしろ、あまりに個人的で、触れるのにさえ勇気のいる出来事を、いまの自分が静かに見つめ直し、そのままの形で残しておきたい──そんな気持ちから生まれました。

幸せにも、残酷にも。

7枚の絵を描き終えたのは今年の3月。そこから数ヶ月かけて物語を執筆し、校正と装丁に追われ、気づけば個展準備の7割をこの一冊に注いでいたような気がします。

やっとの思いで書き上げた物語を、アート合宿以来お世話になっていた中村峻介さんに読んでもらう機会があり、彼はこんな感想を寄せてくれました。

じゅんぴーが言葉を通して触れてきた自分の心。
絵を描くことで触れてきた自分の心。
人は、じゅんぴーの言葉や絵を通して、同じように“自分の心”に触れてしまう。
それは、幸せにも、残酷にも。

正直に言うと──この冊子を表に出すことは、少し怖い気持ちがありました。あまりにも個人的だし、当事者はわたしだけじゃない。そして自分の痛みを通して読んだ人と響き合うことは、確かにある種「残酷」なことでもあるだろうから。

少しの迷いを残したまま、わたし以外の当事者にも読んでもらいました。
そして、

「出していいよ。書いてくれてありがとう。同じ気持ちだよ。」

そう言ってもらえた瞬間、ようやく本当の意味でこの物語を終えられたような気がしました。

だから、この一冊は “対面で希望された方にだけ” 手渡すつもりだったのです。
あまりに個人的で、慎重に扱いたい記憶ばかりだったから。

──けれど、その気持ちは、個展が始まってすぐに揺らぎ始めました。

想像をはるかに超えて、届いてしまった

個展が始まって数日たった頃、予想もしないところから「残響」へのご感想をいただいたのです。

小冊子を購入してくださった方が家に持ち帰ったところ、その方のお母様が「それを読みたい」と言ってくださったそうで、そのお母様が、こんな言葉を寄せてくれました。

冊子を読めば読むほど、引き込まれて行くし、とても繊細で感情が豊かな、でも凄い人です。
もっと早く逢いたかった人です。元気になって実際に、逢いたいです。
私の内面も書いてもらいたいです。
どのメッセージを読んでも感動します、何回も読みたいです。
久しぶりに自分の愚かさが思い知らされました。
自分を見直すためにも勉強になります。これからも心の手本にします。
ありがとう。

(冊子を購入してくださった方のお母様より)

このメッセージを読んだとき、心のどこかがぐらりと揺れました。

直接お会いしたこともない。私のことを何ひとつ知らない方。そういう方の内側で、この物語が確かに響き、しかもこうして言葉にして手渡してくださる。

──こんなにも受け取ってもらえるなら。

もしかしたら、「対面した方にだけ」という枠に閉じ込めなくてもいいのかもしれない。そんな考えが、浮かび上がりました。

そう思い始めた矢先、まるで堰を切ったように、次々と読んでくださった方からの感想が届き始めました。

届いた感想は、どれも一つとして同じではありませんでした。
けれど、そのどれもが例外なく、「その人自身の物語」を連れていました。

じゅんぴーの人生を読ませてもらっているような、すごく心の奥底を見せてもらっているような、不思議なんだけれど、じゅんぴーの絵と文字を通して自分の中のものも浄化されていくような感覚だった。

冊子を読んで、今朝泣いて、私の中で勇気を出す風が吹いて。(個展に)いかなかった時とは絶対に違うであろう行動が取れたことが、今日ありました。ありがとう。本当に。

会場でも、溢れんばかりのものを受け取ったけれども、その後家に帰って小冊子を読んで言葉を喪いました。 私も、絵に出会うべき、救われるべきタイミングがあったけれど、じゅんぴーもまさにそうだったのだなと。
筆を入れることで自分を癒し、赦し、再生してきたその過程に、共鳴して胸が苦しくなると同時に、この一連の物語を書くことが出来た幸せも、感じることが出来ました。 不思議だね。 じゅんぴーのごく個人的な物語のはずなのに、それは誰かの勇気や癒しや慰めや赦しになる。 これが響き合うってことなんだなと、しみじみ感じてる。 私ももっと、純度高く生きようって、そんな風に思ったよ。
日常のあれこれに囚われて忘れてしまいそうになった時には、また「残響」を読み直します。 素晴らしいものを生み出してくれて、本当にありがとう。

小冊子を読んで、今回導かれるように個展にお邪魔したのは、自分の心が必要として足を運んだのだということが、なんとなくわかりました。お母様、お父様、そしてじゅんぴーさんご自身との向き合いのストーリーが、とても自分の心に響きました。
まさに今、僕自身が両親との向き合いを通じて自分を見つめ直したいというタイミングで、だけどきっかけがない、向き合い方のイメージがわかないと理由をつけて目を逸らしていましたが、じゅんぴーさんのおかげで向き合えそうです。

帰ってから小冊子を一気に読みました。悲しみ、怒り、愛おしさ…さまざまな感情を追体験しながら、私の喪失体験と繋がりました。
喪失から少しずつ再生してこれた過程を思い出しながら、純子さんに「つらかったね、大丈夫だよ。」と、寄り添ってもらえたような時間でした。
それから、向き合いきれていない家族の顔が浮かんで、このまま向き合わないままなのは嫌なんだという気持ちに気付かされました。
家族だからこそ面倒でややこしくて、でも愛おしい。純子さんがたどり着いたような感情を、いつか私も味わえたらなと思います。 

冊子を読んで、カフェでひとりぽろぽろ泣きました。
癒しとはゆるしなのだなぁと、自分の中にひとつまた許可が出たような気持ちです。大切な母との記憶が蘇りました。
じゅんぴーさんからかけられた言葉は、ふとしたときに読み返したり思い出したりして、わたしにとってほっとする灯りのような存在。冊子に触れて、それがまたひとつ増えました。

こんなにも個人的で、誰にも語れずにいた出来事なのに。その痛みも弱さも、隠しておきたかったはずなのに。それでもなお、この一冊の中を通り抜けたものが、誰かの内側で、静かに何かをほどいていく。

わたしの物語を読んだはずなのに、そこに立ち上がるのは“その人自身の物語”でした。

これはもう、わたしの物語だけではないのかもしれない──
そう思いました。

この本は、わたしが描いた「再生の記録」であると同時に、手に取ってくれた誰かの“見たことのない記憶”を呼び起こす器になっていたのだと。

静かな広がり

「この小冊子はもっと自由に旅させていいのかもしれない」

そんな思いが自分の中に宿った頃、個展にも足を運んでくださった青木ゆかさんが、こんな提案をしてくれました。

「この小冊子は、きっと読んだほうがいい人がたくさんいる気がする。
わたしのコミュニティの人にも紹介したいから、オンラインでも販売しない?」

そのひとことは、最後まで溶け残った塊のような迷いわ、ふわっとゆるませてくれました。

そしてゆかさんだけでなく、他にも…

「とても勇気のいる決断だと思いますが、私のように救われる人がいると思います!」
「いろんな人の、いろんな物語にそっと寄り添う一冊になると思いますから、必要とする方の元に渡りますように!」

そんな言葉をかけてくださる方が次々と現れました。

わたしが「まだ怖い」と感じていた部分を、みんなが少しずつ手を添えるようにして支えてくれていた──そんな感覚がありました。

そしてオンライン販売を始めた初日…
たった1日で、個展会場での販売数と同じ数の注文が入りました。
ゆかさんがコミュニティで紹介してくれたことが大きなきっかけとなり、
画面の向こうで、誰かが「読んでみたい」と手を伸ばしてくれたのだと知りました。

その後も、ぽつりぽつりと注文が入り続けました。

すでに購入してくれていた方が「自宅サロンに来られるお客様にも読んでもらいたい」と、二冊目を求めてくれたり。

お母様に一冊を手渡した方が、「母にあげたので、自分用にもう一冊」と言って再び購入してくれたり。

わたしが描いたひとつの物語が、必要とする誰かの手の中へと確かに渡っていく──そのことがまた、あらたな導きのように感じていました。

残響が残してくれたもの

正直にいうと、この物語の中で起きている出来事が「めでたしめでたし」で終わったわけじゃなくて、まだ課題は山積みだし、日々胸が痛むこともたくさんたくさんあります。

それでも、今回この本を手に取っていただけたことで──
読んでくれた方がご自身の中にあった物語に触れて、ご感想を寄せてくださったことで──

「誰もが自分の中にどうしようもない痛みを抱えながら、どうしようもなく、だけど美しい世界を生きてるんだ」

そう、心から思えました。
そしてこのことは、私にとって大きな勇気になりました。


この小冊子を手に取ってくれた方とは、わたしは心の中で、そっと握手できたような気持ちでいます。直接言葉を交わさなくても、お互いの内側に触れあったような、そんな静かなあたたかさで。

できることならこの本が、どこかの本棚の片隅で静かに眠り、いつかふと手に取られたとき、その人の“そのときの心”にそっと触れる一冊であったら──

そんなふうに、思っています。

小冊子残響、オンライン販売の在庫は残り数冊となっています。
気になる方は、よかったら覗いてみてください。

『残響-喪失の雨 再生の詩-』


じゅんP

メーカー勤務を経て、医学や身体への興味から大学に再入学。卒業後は10年間細胞診断業務に携わる。現在はヒューマンデザインのリーディングや、感性に寄り添うセッションを行う。また記憶や感性を呼び覚ますオーダーメードアートも制作する。

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